7.「妖怪」という濡れ衣を晴らしてあげよう。

白燐弾に関する新聞記事を拾っていくと、なんとも恐ろしげな記述が目を引く。

野木さんはこんな枕で、内容重複を省みない実に18例もの無断引用をしています。出所を明記しない伏字引用は、引用された側からの異議申し立てを回避するためでしょうか? それとも読者に検証されてはまずいという何か事情でもあるのでしょうか? そして野木さんは、一つ一つに、自ら約束した<科学的>批判を加えることすらしていません。

軍事関係者にとっては狐につままれたような話だろう。世問で残虐兵器として指弾されている白燐弾とは、彼等が以前からよく知っている白燐発煙弾(WP)に他ならないからだ。

とおっしゃる。しかし軍事関係者が日ごろ世話になっている文献や、米軍資料などを読めば、それほど狐につままれるはずはないのです。それでも狐につままれる人はきっと、情報や思考が、何らかによって遮断されているのでしょう。

私の考察は茶色で記します。野木さんが怠った引用元も探してあげました。URLは野木さんの原文にはありません。


新聞記事


1、「高熱で人体を焼く白リン爆弾」(K通信一月五日)
http://www.47news.jp/CN/200901/CN2009010501000759.html


「人体を焼く」という直訳を「火傷を負わせる」とすれば全く問題ありません。表現がオーバーであるかないかは、グローバルセキュリティの表現と較べてみればよいでしょう。グローバルセキュリティは、立場を超えて信頼が寄せられている、軍事解説サイトです。 http://www36.atwiki.jp/pipopipo777/pages/142.htmlの「焼夷性」の項参照。


2、「皮膚に触れると骨を溶かすほど激しく燃焼し続け、人体に深刻な被害をもたらすのが特徴だ。第二次大戦の空爆などにも使用され、消火が難しいことからその非人道性が指摘された」


「骨を溶かすほど」は、「骨に達するほど」にすればいいでしょう。おそらく、melt skin and burn to born の誤訳なのだろうか。melt skin は火傷の症状。


3「空気と反応して発火、発煙する兵器。ざんごうの敵兵をいぶり出したり、対戦車砲に対する煙幕として有効とされる。消火が極めて困難なことや、人体への被害が大きいことから「人間を焼き尽くす兵器」ともいわれる」(M新聞一月一二日)
http://ameblo.jp/renshi/entry-10191101268.html (2と3)


「人間を焼き尽くす兵器」が大げさであると野木氏はいいたいのでしょうが、白リン火傷の多くはII度III度の重症が多いという。それを恐怖感として表したとして、どんな不備があるというのでしょうか。新聞報道は、兵器物理学とか殺人工学を冷徹に伝えるものではなく、人間被害を伝えるものです。もちろん冷静さは必要ですが。


4、「空気と反応して激しく燃える白リン弾とみられる攻撃を受けたため、消火が極めて難しく、四日後の今もなお小さな炎が倉庫のあちこちで揺れていた」(M新聞一月一二日)
http://mainichi.jp/select/world/gaza/archive/news/2009/01/20/20090120ddm007030085000c.html


「空気と反応して激しく燃える白リン弾」=冷静な真実です。白リンは水をかけて冷やしても消えません。水の中に浸して空気を完全に遮断しない限り再発火を繰り返します。ですから「四日後の今もなお小さな炎が倉庫のあちこちで揺れていた」となるのです。妖怪は、新聞の表現ではなく白リン弾そのものなのです


5、「高度三〇〇-四〇〇mの地点で白リン弾を破裂させると、親指大のリンが雨あられのごとく地上に降り注ぐ。人間に付着すると衣類や皮膚を貫通して体内に潜り込み、骨を溶かすほど激しく燃え続ける」


「衣類や皮膚を貫通して」は、弾丸のような勢いによるのではなく、燃えて体内へとゆっくり貫くということです。「骨を溶かすほど」はオーバーで、「骨に達するほど」ならば正しいでしょう。「溶かす」という言葉が良く出てきますが、melt skin という表現は、英語による火傷症状まさに「やけど」の表現なのですが。


6、「建物の周囲に潜んでいる人間を簡単に殺傷できるのですが、体内から焼かれるため遺体はキレイなままで残虐性が薄れる。それに、鉄筋造りのビルなどには全く効果がないのでインフラを破壌することがなく、占領後の統治がスムーズに運ぶ。人間を焼き打ちにする使い方を始めたのは、〇四年にイラク中部ファルージャを攻撃した米軍です」(日刊G一月一五日)
http://plaza.rakuten.co.jp/autodoanapeji/diary/200901200000/ (5と6)


「体内から焼かれる」は、ファルージャ戦についてのイタリア国営放送番組からのものでしょう。あとの章で言及します。


7、「人体に触れると高温で燃え続ける「白リン弾」が使われた」(A新聞一月一六日)
http://blog.goo.ne.jp/ise_9j/e/95c7ebe119e11b7b5c1e6b8812515c0b


これは、グローバルセキュリティの表現そのもので、どこが大げさだというのでしょうか。


8、「骨に達する激しいやけどをもたらすため、「残虐兵器」として規制を求める声が強い」(Y新聞一月二〇日)
http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/james_brooks.html


何の問題もない表現です。白リン弾には問題がないと信じたい人には問題かもしれませんが。


9、「高熱を発するためやけどだけでは済まず、体に深刻なダメージを与えることもあり「非人道兵器」との指摘も多い」(M新聞一月二二日)
http://www.asahi.com/international/update/0111/TKY200901110133.html


「体に深刻なダメージ」については、アメリカ合衆国保健省 毒性物質疾病登録機関(ATSDR) が、白リンの火傷を負うと心臓、肝臓、そして腎臓傷害など全身性障害を引き起こすことを指摘しています。http://www36.atwiki.jp/pipopipo777/pages/19.html また、今回のガザ戦争で白リン弾を浴びた火傷患者について、アムネスティ・インタナショナル報告書は次のように述べています。

イスラエル軍の)Chief Medical Officerの外傷班主任であるDr Gil Hirschorn大佐の署名がある文書には、次のように記されていました:

「リンが生体組織に接触するとき、その場では「蝕み尽くし」によるダメージを与える。リン外傷の特性は次の通りだ。 化学火傷は極端な痛みを伴い、組織を壊し・・・リンは体内に沁み込んで内臓を損なうのであろう。 長期間続く腎不全と感染の広がりが顕著だ。・・・結論としては: リン被曝を伴う焼夷による負傷は、内在的に危険なもので重篤な組織損傷を引き起こす可能性を持っている。」

というわけで、9の表現は、大げさでもありませんし、根拠のないものでもありません。


ネット上のブログや掲示板(BBS)

(野木)これがマスコミではなく、ネット上のブログや掲示板(BBS)となると、もっと奇々怪々な表現となる。

へえ〜?!


http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp?cmd=upload&act=open&pageid=1892&file=%E7%99%BD%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%BC%BE%E7%81%AB%E3%81%AE%E7%8E%89%E6%94%BB%E6%92%832.jpg

10、「一見打ち上げ花火のようだが、二五〇〇度の熱を発し、皮膚に付着すると骨まで焼きつくすという恐ろしい兵器」
http://himadesu.seesaa.net/article/112529814.html


写真や映像を見ますと本当に打ち上げ花火のようですね。それは、155mm砲弾M825A1の爆発です。白リンは、 皮膚に付着すると骨に達するまで火傷を負わせます。


http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp?cmd=upload&act=open&pageid=1892&file=%E7%99%BD%E3%83%AA%E3%83%B3%E7%81%AB%E5%82%B7.jpg


11、「白リン弾によって全身を焼かれて殺された死体の山々」
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20090125


ソースには、

イスラエル兵から命令されて1つの建物に集められた100人の市民は、翌日、その建物を攻撃され、30人が殺された。白リン弾によって全身を焼かれて殺された死体の山々。」<<と書かれています。ということは、このブログの筆者の勘違いです。イスラエル軍の地上侵攻が始まったばかりの2009年1月4日、おぞましい事件が起きました。

4日、ガザ市近郊のザイトゥーン地区で、イスラエルの歩兵たちが、住民に対して退避を強制し、倉庫のような一軒家に押し込めた。連れていかれたのは、半数が子どもの110人の人たちだった。そこから出てはいけない、と命令された住民たちはその家でじっとしていたが、5日になってそこにイスラエル軍は爆撃を繰り返し、30人が殺された。生き残ったもので、歩くことができた人は、自力で幹線道路まで行き、救急車や民間車で病院まで運ばれた。病院につくことはできたものの、3人の子どもが(最年少は5ヶ月)が死んだ。
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200901100445.htm

念のため繰り返しますが、野木氏はソースをきちんと表示していません。読者に私がしたような検証の権利を与えていない、ということです。そこが、野木文が論文とはいえない科学だとはいえない所以なのです。


12、「ジュネーブ条約では市街戦では使用禁止となっている、極めて致死性の強い化学兵器であり、被爆すると皮膚や肉が溶解してしまう、とんでもない代物である」
http://beiryu2.exblog.jp/9173069/


少し言葉が足らないようです。ジュネーブ条約では、民間人被害が予想される市街での使用は禁止です。極めて残酷な兵器で致死性の高い火傷を引き起こします。melt skin and flesh を溶解と訳すのは不適切です。


13、「白リン弾の被害者は、体に独特な痕跡を残すことが知られている。犠牲者の衣類や皮膚の一部が焼けているだけなのに、体内で燃焼した白リンが内臓や筋肉や骨を溶かしているからである」
http://www.kamiura.com/new1_2k9.html


英文資料の翻訳が遅れていることのせいでしょうか、いくらか雑な表現です。・・・付着した白リンは、皮膚をとかし筋肉を焼き、火傷は骨まで達します。また脂溶性である白リンは、火傷の患部から体内に溶け出し内臓を冒し、全身症状を引き起こします。体表面積では比較的経度の火傷でも、白リンの化学火傷では、高い致死率を示します。そのことがこちらに書かれています。http://www36.atwiki.jp/pipopipo777/pages/30.html



14、「白燐弾に通常の砲弾の様な爆風や破片による破壊・殺傷効果はないが、燃焼で人間だけを殺傷するのである。白燐の場合は戦闘服や皮膚を通過しても、筋肉内でも燃焼を続けることが可能だ」
http://www.asyura.com/08/wara5/msg/588.html


この文章では、「燃焼」を「化学火傷」に換えればOKでしょう。


15、 「周囲に散乱する死体は骨が溶けるほどに燃焼していた。銃弾や砲弾で死傷した傷とは明らかに違うのだ。死体は体内で何かが高温で燃焼したからと考えた」
16、「この特徴は異様に焼けた死体である。あるいは深い火傷を負った人に注目して欲しい。対人焼夷弾白燐弾)は、発煙弾やクラスター砲弾とは明らかに違うものである」
http://www.asyura.com/08/wara5/msg/588.html


15、16は、2004年ファルージャのことだと思います。ファルージャでは、死体収容が遅れたこと、また、死因には複合要因が考えられます。白リン弾と高性能火薬榴弾の併用などです。燃焼補助剤を加えた白リン手榴弾ならば、空から白リンの雨を降らせるM825砲弾とは違う被害様相が現れるでしょう。これまでにない姿をした死体が、白リン弾によるものと疑われたことは十分に予想されます。その真偽は今でも確かめ様がないでしょう。


17、「黄燐焼夷弾白燐弾)が大量使用されて(あるいは改良による爆発的燃焼で)酸欠状態となると、当然のことながら黄燐(白燐)は燃えることができず、燃焼熱で沸騰(黄燐の沸点は二八○度)して気化することになります。
こうして生じた黄燐(白燐)の蒸気は気流に流されて飛び散り、冷えれば黄燐(白燐)霧、そして粉塵となって舞い散ることになる、ということは科学的な常識があれば想像できますね」
http://www.abysshr.com/mdklg020.html


野木氏のこういう文章の切り取り(トリミングのやり方)は誠に不誠実です。ソースを読めば分かるとおり、筆者は第2次大戦時のドレスデン空襲の事例を引いて、白リン弾もしくはそれと焼夷弾併用という集中大量使用の場合を考察したようです。白リン弾の大量集中使用では、筆者が書くとおり白リン蒸気が被害を引き起こすことは十分に考えられます。


引用者である野木氏は、この文章に対してはもう一つの不誠実を重ねています。この文章は2004年のファルージャでの戦闘における大量使用の可能性を検討したのであって、2009年ガザの状況を分析したわけではありません。ずっと以前に書かれた文章です。


18、「爆発半径は17mあって、燃焼温度は五〇〇〇度だ。身体に付着した破片を取り去ると、空気に触れて自然発火する。だから取り去る前に怪我をした箇所を水につけなければならない。破片はすぐに水にひたさなければならない。白燐(黄燐)は酸素の少ない水に触れるとホスフィンを出すが、これがおそろしいガスだ。
煙を吸入すれば、「phossy jaw」と呼ばれる症状が起きる。口に傷ができるがそれは治ることなく、顎の骨自体が砕けてしまうこともある」
http://www.asyura.com/0411/war62/msg/1110.html


これも、2004年ファルージャ戦での白リン弾使用が、2005年に問題になった時の文章です。あるブログに書き込まれたコメントとして有名なものであることを、私は最近知りました。
そもそも、ファルージャ戦は報道陣を完全シャットアウトして行われた為に、全てが秘密のベールに包まれて今日に至っています。白リン弾についても様々な憶測が飛び交うのは、そうした報道規制が第一の要因です。


で、この文章の中身を検証すると以下のとおりです。

爆発半径は17mあって、燃焼温度は五〇〇〇度だ。

これは、M15という白リン手榴弾のデータで、グローバルセキュリティの記述と照合できます。温度は華氏(°F)です。C=5/9(F−32)ですから、摂氏に直せば約2489度です。フエルトウェッジに白リンを沁みこませて自然発火させるM825砲弾に較べれば、燃焼温度は高いようです。記述は間違っていません。http://www.globalsecurity.org/military/systems/munitions/m15.htm
なお、改良型M34手榴弾の爆発半径はもっと大きく強力です。
http://www.globalsecurity.org/military/library/policy/army/fm/3-23-30/appe.htm

身体に付着した破片を取り去ると、空気に触れて自然発火する。だから取り去る前に怪我をした箇所を水につけなければならない。破片はすぐに水にひたさなければならない。

グローバルセキュリティを読めば非常に正確であることが分かります。
http://www36.atwiki.jp/pipopipo777/pages/142.html#id_71ee1752

白燐(黄燐)は酸素の少ない水に触れるとホスフィンを出すが、これがおそろしいガスだ。

ホスフィンが毒性ガスとして恐れられていることは確かです。また、水の中に白リンを沈めて保管していると、その水の酸素溶存量が少ないとき、ホスフィンを発生させることも良く知られています。
英文では、次のような記述が学術報告書の中にあります。

In water with low oxygen, white phosphorus may react with water to form a compound called phosphine. Phosphine is a highly toxic gas and quickly moves from water to air.
http://www36.atwiki.jp/pipopipo777/pages/20.html

しかし、これは相当時間のかかる反応です。
白リン弾に関係する表現としては、

In the absence of stoichiometric quantities of oxygen, phosphine (PH3) may form in WP/F smoke from the reaction of unreacted phosphorus with moisture in air (Spanggord et al. 1983).
酸素が当量的に存在しないときには、まだ反応してないリンが水蒸気と反応して、ホスフィン(PH3) をつくるかもしれない。
http://www36.atwiki.jp/pipopipo777/pages/21.html

という表現があります。これは、白リンが激しく燃えている燃焼場で、リン酸の不均化反応として起こるそうです。英国保健省HPAのハザードマップにも、白リン火災時にはホスフィンを発生するので自己呼吸ボンベーマスク着用のことと、注意書きされています。

煙を吸入すれば、「phossy jaw」と呼ばれる症状が起きる。口に傷ができるがそれは治ることなく、顎の骨自体が砕けてしまうこともある

これの元になる英文は、

Breathing in white phosphorus can cause you to cough or develop a condition known as phossy jaw that involves poor wound healing in the mouth and a breakdown of the jaw bone.
白リンの中で呼吸をしていると咳がでてphossy jaw として知られる状態になることがあります。phossy jaw とは口の中の難治症状と顎骨の崩壊を伴います。
http://www36.atwiki.jp/pipopipo777/pages/20.html

白リンの中とは、白リンを含む空気のことです。白リンは常温で燃焼してなくても蒸気圧分圧分は揮発しており冷えればそれが微粒子となって空気中に滞留します。それを含む空気を長期間吸っていると phossy jaw となるのです。


このように文章18には、白リン弾についての文献記述がちりばめられています。長期間の現象と瞬間の現象がつなげられているという矛盾はありますが、投稿者はベールに包まれている白リン弾について、警告を発したかったのでしょう。私は、そうした状況が分かってくるにつけ、この文章をせせら笑う人たちの浅はかさが見えてきました。


最近この文章18に関連して、これを翻訳した人にある人たちがイチャモンをつけた痕跡を発見しました。それは、

酸素の少ない水ってなんだ、説明してみろ!

と翻訳者に詰めより、その当時は学術文献の存在を知らなかった翻訳者に、頭を下げさせたという経緯です。卑劣です。


野木氏がそのような狼藉を働いた者たちと行動を共にしたとは思いたくありません。しかし、せせら笑うように文章18を掲げているところを見ると、科学的文献の存在をしらないくせに<我こそは科学的軍事評論家なり>と、裸の王様を演じていることだけは確かなようです。不遜な態度は、この節の野木氏の言葉を引けばありありと目に浮かびます。

(野木)まだまだあるが、引用しているときりがない。

白燐弾に限ったことではなく、ここ数年マスコミが特定の兵器について、威力や効果を著しく誇大化する誤った情報を伝え、それがネットで増幅されつつ広まる事例が目立つ。


野木氏は結局、兵器とその殺傷力を、<兵器物理学><殺傷工学>としてしか語ることが出来ない人だということを、早くも最初の2ページで露呈してしまったようです。